社会現象と化している“鬼滅ブーム”
幅広い世代に広がる“鬼滅ブーム”

10月16日に公開された映画『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』は見ましたか?

上映作品史上最速の興行収入100億円を突破し、「鬼滅の刃」ブームがすごいことになっていますよね。

また「鬼滅」の主人公・竈門炭治郎(かまどたんじろう)と同じ姓の神社にも、ファンが多く訪れているというニュースが最近も話題になっていました。

一番注目を集めているのが、大分県の「八幡竈門神社」のようです。

さすがに、ひょいとすぐに

宮崎県から行ける場所でもないし、宮崎にも「竈門神社」ってないかなぁと調べてみると、、

なんと!!!

宮崎県にも「竈門神社」がありました!!!

都城市のお隣、三股町に「竈門神社」はありました!

さっそく行ってみました〜

住所は、宮崎県北諸県郡三股町蓼池(たでいけ)18

三股町営墓苑の近くです。
高才原に上がる道を行き、つきあたりを左に細い道に入り直進すれば「竈門神社」はあります。
ちょっと分かりにくいので、地図を検索してから行ってみてください。

厳かな(おごそかな)雰囲気さえ漂ってきますが、とても綺麗な境内です。

竈門神社の由来

竈門神社(かまどじんしゃ)の由来

古来荒神と称し勝岡諏訪迫に鎮座する。

もと、都城邑野々美谷村にあったが、 伊東氏がこの地を侵したので、その後安永村に遷し、その後、天文十二年 五月十八日、地頭和田越中守が現在地に遷して棟札を納めた。

神体は、もと、木造二体で『佐土原大舎介』と刻まれていたが、明治二年ごろ 焼き捨てて鏡にかえた。

祭日は七月二十八日で、明治六年に作られた。

旧藩主島津家所蔵の記録に、『前略三州太守左近中将源光久公・侍従綱貴公・ 御息忠竹公敬神明太守故二修造 貞享元年冬起工、同年十一月廿八日工畢』と あり、その裏に『社寺奉公新納五郎右衛門・山口五郎右衛門・川上十郎右衛門 王時享保元年甲子十一月廿日伊東刑部右衛門(下略)』とあることから、 貞享元年(1684)時の領主により再興されたことがうかがえる。

合祀社である諏訪神社は、祭神建御名方命・事代主命で、もと高木にあったものを勧請して竈門神社に合祀したもので、庚申様は、もと、勝岡城本丸の北西隅にあったが、明治六年一月に竈門神社に合祀されたものである。

明治四年一月村社に列せられた。

尚現在の社殿は、明治三十六年七月に改築されたものである。

御祭神は、火産霊命(ほむすびのかみ)、奥津彦神(おくつひこのかみ)、奥津比亮神(おくつひめのかみ、)、建御名方命(たけみなかたのみこ)、事一代主命(ことしろぬしのみこと)、庚申様(こうしんさま)です。

竈門神社の祭り神の説明

火産霊神(ほむすびのかみ) イザナミ、イザナギによる神産みの最後の一柱で、炎を司どる神様です。

奥津彦神(おくつひこのかみ) かまど三神の一人で、かまどを司どる神様です。

奥津比亮神(おくつひめのかみ) 台所で使う火に宿る神霊で、かまど神で知られています。

建御名方命(たけみなかたのみこ) 耕作の神、五穀豊穣の神様だけでなく、狩猟の神、武神として崇敬を 集めています。

事一代主命(ことしろぬしのみこと) 田の神様(稲作の神様)です。

庚申様(こうしんさま) 農家の守り神様です。

福岡や大分のような“聖地巡礼”となるような場所ではないかもしれませんが、

宮崎にも「竈門神社」がありました。

もし、訪れる際は、マナーを守って「神様」に失礼のないようお願いします。